放課後――
橘は、少ない荷物をカバンに詰め、教室を後にした。
このあとは、教科書を買いにいこうと思っている。
担任の田島から教科書を販売している書店は聞いているので、今日中に手に入れる予定だ。
下駄箱で靴に履き替えていると背中から声がする。
「おい!」
知らない声だ。
「おい、てめえのことだよ!」
どうやら自分が呼ばれているらしい。
橘が、振り向くといかにも下っ端という感じの不良少年が立っていた。
本当なら怖がってみせるのが、下っ端君に対する礼儀かもしれないが、逆に冷めた目で見つめてしまった。その姿が、印象を悪くしたのか、
「おい、呼んでんだよ!ついて来い!」
と怒気を孕んで言い放つと下っ端君は、悠々と歩き出した。
ついてくると思っているらしいが、橘にその気はまったくない。
そうともしらない下っ端君は、背を向けたまま歩いている。
橘は、あきれながら、その姿を少しの間、眺めていたが、そのまま学校を出て行った。
気がついてないのか、後を追ってくる様子もない。
『悪いことをしたかな?』
と思いつつも足取りを止めることはなかった。
翌日――
真新しい教科書を携え、橘は、学校に向かった。
数日後には、中間テストになるため学校の雰囲気も妙に慌ただしい。
淡々と授業は進み、昼休み。
橘は、太田という男子に声をかけられた。
太田は、まじめな高校生を絵にしたような風貌である。
隣の席ということで気を使ってくれたのだろう、昼食を誘ってくれた。
購買部に行き、手ごろなパンを買う。「食堂は、混んでいるため教室に戻ろう」という太田の話にしたがって自分の席に戻る。
すると小田というクラスメイトも加わっての昼食となった。
学校のこと、クラスのことを聞いていると、太田たちも積極的に質問をしてきた。
主なところは、
「なぜ、この時期に転入してきたのか?」
ということだったが、
「こればかりは、親の都合でどうしようもない」
と苦笑いを作って話を流した。
数日後――
中間テストも終わり、学校自体に開放感が広がった。
その開放感に乗る様に太田が、
「ゲームセンターに寄ろう!」
と言い出した。
橘は、気乗りではなかったが、とりあえずついていくことにした。
太田は行きつけ店に着くと、さっそく流行の対戦ゲームに参加。
かなりやりこんでいるようだ。
2対2で戦うゲームだが、太田の味方機は、コンピューターが操作をしていた。
ゲームのシステムは、限られたスペース内で対戦する3Dシューティング。
敵を撃破すれば、勝ちとなる単純なゲームだが、味方機との連携が勝利の鍵となる。
太田は連戦、連勝だったが、コンピューターとの対戦は、どうも面白みが欠けるらしく、初心者である橘の参加を熱心に促した。
ものは試し・・・と促されるまま橘は、ゲームに参加した。
すると太田も驚くくらいのセンスを橘はみせる。
早々にゲームのコツを掴み、コンピューター相手には、負けないくらいの上達を見せた。
「橘、センスあるよ!」
太田は満面の笑顔である。仲間ができた、といったところなのだろう。
少しすると対戦相手として、同じくらいの学生から、大学生といったくらいまでが次々に参戦してきた。しかし、さすがに初心者である。コンピューターを相手にするようにはいかない。橘が足を引っ張り、敗退することは間違いない。本人達もそう思っていたのだが、橘は、恐るべき勘のよさをみせる。あとで橘自身が語った言葉を借りれば、『パターンが決まっていたから…』ということらしいのだが、相手の行動を読み、攻撃を仕掛ける様は、恐ろしいほど見事で芸術的…気がつけば、多数のギャラリーが取り囲むほどの勝利を繰り返し、橘たちは、ゲームセンターを後にした。
二、三日もすると中間テストの結果が校内に貼り出された。
賛否両論ある行為ではあるが、この高校では、伝統として続いている。
ただ、昔のように全ての生徒の順位を公表するのではなく、上位50名ずつが発表される形式となっており、時代的な配慮はなされている。
その上位発表者の中に転入生である橘竜の名前が掲載されていた。
しかも化学と数学は、学年トップ。総合でも3位と掲載された。
この告知のあと、橘の周囲で変化が起きる。
太田、小田、以外で、話しかけてくる人間が日に日に増えていったのだ。
高校という狭い世界でも、できる奴に擦り寄ってくる。そういうことなんだろうが・・・。
さらに橘は、運動神経のよさでも抜きんでたものをみせる。
優れた反射神経で、バスケ、サッカーでは、それぞれの部活に所属する者以上の動きをみせた。
勉強もできて、スポーツもできる。
そんなスーパー転入生として橘の名前は、広がっていった。
しかし・・・。
橘は、心から笑うことはなかった。
目に映るもの全てが、色あせて見える。
無邪気に、はしゃぐクラスメートをつい冷ややかに見てしまう。
理由は、判らない。ただ、虚(むな)しさが心を支配する。
『所詮、人間…』という思想…。
橘が、どの時点でその思想に至ったのかは判らない。
ただ、彼の中で、その言葉(思想)は、心の根底に根付いていた。